天麩羅部の夜





夜の生協食堂に、迷える子羊が独り。その名をたわし頭という。少々癖毛のその青年は、どうやら夕飯のおかず選びに悩んでいる様だった。
散々逡巡した結果、彼が手に取ったのは“ささみの天麩羅”。料金を払い席に着き、不安な面持ちでささみ天を口に運ぶ。


「…味がしない…」


彼のつぶやきは誰に聴かれることも無く、喧騒の中に吸い込まれていった。



築二十数年のアパートに、迷える子羊が独り。その名をたわし頭という。夜なのに寝起きのその青年は、どうやら夕飯の献立に悩んでいる様だった。
散々逡巡した結果、彼が手に取ったのは天麩羅の美味しさを売りにしている、とある宅配丼屋のメニュー表。「天丼一つお願いします。」運ばれてきた天丼と引き換えに料金を払い蓋を開け、不安な面持ちで海老天を口に運ぶ。


「…こんなものか…」


彼のつぶやきは誰に聴かれることも無く、夜の闇に吸い込まれていった。





「満足する天麩羅とは何だ?」




これまでに食べてきた天麩羅が不味いと言うわけではない。ただ、「嗚呼、今日の夕食が天麩羅で良かったなあ。」そういった満足感が今現在私の周りに溢れる天麩羅からは得られないのである。実家に居た頃は、夕食が天麩羅だと聞くと本当に待ち遠しく思えたものである。私を魅了して止まない力が“天麩羅”という言葉には在った。今の天麩羅達はどうだ?天麩羅を見て、そのような思いを抱くことがあるか?一体何が違うのだ!出来合いだからか?揚げたてで無いからか?何が違う?何が違う?満足する天麩羅とは何だ!?





「なかなか、満足する食事というのは無いもんやなあ。」
そう言ったのは、同居人の永氏(26歳、仮名)。彼も日々の食事に満足が得られない者の一人である。彼は続ける。
「食べて『これは!』という天麩羅には出会ったことが無い。そもそも、そこまで美味いもんなんか?そんな気さえする。」
「高級料亭等の天麩羅というのはどうなんやろう?」
「確かに、専門店で揚げたてのものを食べれば満足できるんかも知れん。」
「高いし。」
「高いし。それなりの値段がするからには。」
「じゃあ、『満足する天麩羅』を求めて専門店に行くということで。」



「天麩羅ですか?いいっすね!」この話を聞いて、名乗りを上げたのは後輩の1Q君。
「専門店やで?高いけどええの?」
「構いません!」
「天麩羅食べたい?」
「食べたいです!イエィッ!!」


これで役者は揃った。「満足する天麩羅」を求めて。天麩羅部の誕生である。



その後人づてに得た情報から、最初の部活動を行う天麩羅専門店を決定した。ここは辺りでも有名な所らしい。その店のコースは八千円、壱万円、壱万二千円の三つ。コースの選択、活動日の決定は全てオンライン上で秘密裏に、かつ慎重に行われた。

※イメージ


店に予約の電話を入れる。「八千円のコース、一月九日、十九時から、三名でお願いします。」果たして、我々の願いは叶えられるのだろうか?



決戦の日、1Q君は自宅から直接店に向かうということなので、永氏と待ち合わせて移動する。十八時五十五分、店の前に到着。1Q君の姿が無い。「十分前には必ず店の前に居るようにします!」あの宣言は一体何だったのだろう。三分後、向こうから走ってくる影が。
「すいません!予想外に迷いました!!」
時間に対する見通しが甘いのは、私を含めた私の周りでよくあることである。ドイツ軍人はうろたえない。三人揃った所で、店に入った。流石専門店だけあって、物々しい雰囲気である。


客は我々以外に一組。おかげで、職人の真正面というベストポジションに座ることが出来た。「お飲み物は如何致しますか?」ええい、飲み物はいい!天麩羅を揚げろ天麩羅を!!適当に飲み物を注文し、あとの二人と会話しつつ職人の手元を注視する。


程なくして、という軽快な音と共に最初の天麩羅が揚げられる。まずは、この店自慢の ほほほろほひ の天麩羅から。うん、美味い。こちらが味わっているうちに、職人は早くも次の天麩羅ダネの準備をしている。二つ目は、パンとすり身の天麩羅。うん、これも美味い。三つ目は、、、、。あれ、これも塩で食べるの?天つゆの出番は?え、もう次が揚がってしまったの?冷める前に急いで食べないと。え?また塩?いや、そんなに一気に揚げなくても、、、、。


―感想―
・確かに天麩羅は美味かった。
・塩と天つゆが用意されていたので、それぞれどちらでも味わってみたかったが、職人に「塩でお召し上がり下さい」と言われると躊躇してしまう。
・揚がるペースが速かった。話をしながらゆっくり食べるにはもう少し間が空いていても良かったのでは。
・皮がもちっとした魚は、揚げるとさらにもちっとするので天麩羅に向いてないのでは?
・シメの掻き揚げ茶漬けは絶品だった。


―総評―
味は良かった。しかし値段が八千円であることを鑑みると、少々満足度が低いのではないか。




帰る道すがら、本日の部活動についての反省会を行う。
「美味かったな。」
「うん、まあ、美味かった。」
「何か不満が?」
「いや、あれで八千円は高いなー、と。」
「確かに。」
「五千円ぐらいなら凄く満足できてたかもしれん。」
「なるほど。その辺のバランスは重要やな。」
「あと1Q君、何で緊張してたん?」
「いや、まあ…。」



今回の専門店の天麩羅は美味かった。しかし心から満足するには至らなかった。果たして、我々の魂に安らぎを与えてくれるような天麩羅は存在するのだろうか?行け!天麩羅部!!「満足する天麩羅」に出会うその日まで!!!



天麩羅部の冒険 第一部 ―黄金の油―  完









「まあでも天麩羅はもうええかな、って気がするなあ。」


え?



天麩羅部の冒険 第二部 第一話「さよなら天麩羅部」  完


ご愛読ありがとうございました。たわし頭先生の次回作にご期待下さい。





※この駄文は、フィクションです。実在する天麩羅専門店とは一切関係ありません。